医師 石川眞樹夫先生による

医学現場でのバッチフラワーの所見レポート集

 

 



1:「無境界」
 『喜びの回復-無境界へのみちしるべ』 全人性の回復ー分離という幻想からの解放ー
              2003.8.9 第2回バッチフラワー・コンファレンスにて

 
2: 『完成されたセルフヘルプとしてのバッチフラワーレメディー』
  第一部『バッチフラワーレメディーとは』 '04/10/29 「未病.jp 寄稿コラム」

  第二部『各種の治療法と、疾患の真の原因』 '04/11/12 「未病.jp 寄稿コラム」
  第三部 『完成されたセルフヘルプとしてのバッチフラワーレメディー』
      '04/11/19「未病.jp 寄稿コラム」
 「未病.jp 」http://mibyo.jp/index.html
 

3: 『体は間違わない』-バッチフラワーを通して知った命の流れを味方にする生き方-
                   2005.7.9未病.jp 真健康交流会講演要約

4: 「感情を昇華させるバッチフラワーレメディー」
   2005年7月9日、竹橋のクシガーデンで開催された未病jp主催の講演会の講演概要

5: 『奇跡の花療法、バッチフラワーレメディー』
   「幸せ暦」掲載予定 バッチフラワーについての紹介文

6:  第4回バッチフラワー・コンファレンスでの講演要約 2005.8.20

 

医師 石川眞樹夫先生のご紹介

新逗子クリニック 院長 石川眞樹夫先生(略歴)1997年英国バッチセンターで訓練を受けてから、バッチフラワーの使用経験を深め、現在バッチホリスティック研究会の理事としてレメディーの普及啓蒙活動をされています。





日記 レメディー医者のひとりごと   http://plaza.rakuten.co.jp/ishikawamakio/diary/

Facebook
https://www.facebook.com/makio.ishikawa


この紹介ページをつくるにあたり、著作者の石川眞樹夫先生より承諾を得ています。(ホームページ管理者)
 


                                                ページのトップに戻る




1「無境界」
  『喜びの回復-無境界へのみちしるべ』 全人性の回復ー分離という幻想からの解放ー
                      2003.8.9 第2回バッチフラワー・コンファレンスにて

 


全人的であることができれば、すべての病は消えてゆきます。人が病気になるのは自分の肉体の一部、あるいは自分という存在を本来の全体性(魂)から切り離して喜びを失うためです。
逆に、心からの笑いは全体性を回復し、人間を本来あるべき姿へ連れ戻します。私達が笑顔と喜びを見失うのは、私達が親から受け継いだ恐怖、不安のためです。病気になった時に経験する苦悩でさえ、私達が生まれた時から繰り返し植え付けられた、分離という幻想、私達がお互いにばらばらで、永遠性とは縁のない存在である、生と死には連続性がないという幻想に由来しています。生と死に連続性がないという幻想は、正常な組織と癌組織に連続性がないといと言うのと同じように誤解です。
バッチフラワーの奇跡を知る人にとっては、愛と憎しみに連続性があるばかりか、愛と憎しみは実は同じエネルギーの異なった表現形式だということも分かるでしょう。病と健康もまた、同じ人間存在のこの世界に対する異なる表現形式にすぎません。そして、分離の幻想から自由になりさえすれば、苦悩は消えます。他方、分離の幻想に捕われた個性は、自己と魂が一体であることを忘れ、苦しみます。
レメディーはこの分離を消し去ることで人間の魂の本質である愛と一体性を回復します。自然療法はその成り立ちの中に、人間と自然、宇宙が深く一体であることを示し続けているのです。私達が全人的であるための一番の方法は、世界と他者に対して全人的にふるまうことであり、私達がこの世界と一つであることを悟るには、そのように生きることが最善の道です。病もまた自己であることに気付き、すべてに感謝して生きること、これが全体性の回復であり、病からの解放です。光あるところ、闇は自然に消えてゆきます。私達は病と戦う必要はないのです。分離の幻想から解放される時、人はすべての闇を消し去る自己の永遠の輝きに気付くでしょう。

中国医学では、喜怒哀楽と恐れは臓腑に対応して消長すると認められており、感情が循環し、臓腑の相互作用とその内部での陰陽のバランスがともに保てれていれば、全身的な気の流れも滞りなく維持され、風・暑・湿・乾・寒などの外因性の邪があっても病むことはないと理解されています。その一方、感情の抑圧をともなう行動や陰陽のバランスを乱す生活習慣は臓腑の内部に気の流れの滞りを生じさせて身体的な症状を引き起こします。また、「恐れ」は生命力の本源である腎精を傷つけて個人と生命力の結びつきを弱めてしまうのということも明確に理解されています。端的な言い方をすれば、「恐れなく生きるひとは病に煩わされる事もない」となるでしょう。

個人のBody-Mindにおいて陰陽のバランスをとることがなぜそれほど重要かというといえば、
「バランスされた陰陽の合一」は太極図が示すように、補いあって真円を形成し、Body-Mindの境界を、ついにはBody-Mind-Spiritの境界線を消し去るからです。つまり「無境界なるもの」=「Spirit」の流入を可能にする経験だからです。
この経験をもたらし、全人的自覚(Body-Mind-Spiritの統合意識)を回復させる事が、
「身体だけ」を扱ってきた過去の医学と、「心と身体」を扱い始めた現在の医学を超えて、次の時代にくる、未来の医療の像です。

少し具体例を用いて説明しましょう。
互いに愛し合う事、特に男女が愛し合う事は、一番強力な陰陽の合一であり命を開きます。-これによって個人の病も癒され、またこの世界へは新しい生命の増加ももたらされます。一組の男女が、お互いにバランスされて一つになるときに生まれる愛と喜びは、
境界と分離を消し去ります。生きとし生けるものが一つであり、宇宙と自分が一つである感覚、
私たちが完全である認識は全ての分離と恐怖をぬぐいさるのです。
これこそが「恐怖」の対極にある感情であり、「恐怖」に終止符を打つ経験です。セックスにおける合一の最高状態にあっては、この経験が垣間見えます。私たちの日常経験に照らして、陰陽の合一がもたらす可能性の分かりやすい例がここに認められます。
次に、レメディーの使用により可能になる癒しの道筋、「タマネギの皮剥き」について私の理解を述べます。
私達は、つい特別な経験、劇的な経験で「奇跡的に救われる」ことや「奇跡的に癒される」といったことを期待しがちですが、
実は私たち人間の存在と自由意志は、奇跡そのものなのです。-あなた方は神である、ただそのことに気づいていないのだ-というインドの聖者の言葉はそのまま受け取るべきものです。つまり、私たちが本来の自分の能力を発揮するなら、すべて可能だという意味です。
-本当にすべてが可能なのです。

「奇跡的に救われる」という表現は、自己選択と自助努力によってではなく、「神の助け」や「上からの奇跡」といった、
「非日常の恩恵により」という意味を含む表現ですが、それらの「恩恵」を可能にする条件-バランスされた個性の表現と直感的な理解、覚醒した意識での自己選択は、実は私たちが自分の選択で作り出すことができるのです。
そして、それを作り出しさえすれば、「恩恵」は奇跡ではなく必然になり、非日常ではなく日常的な経験になります。

少し分かりづらくなったかもしれませんが、忍耐して聞いてください。
バッチフラワーは、ネガティブに表現された感情を指標にして選ばれ、レメディーを用いると、その人のより良き本質、
その人の創造的な個性をこの世界に表現させることが可能になるという方法で、一人一人の人間を宇宙とのユニティー、
他の存在との一体性、回復への道へと連れ戻します。
そして最終的には、私たちの本質が傷つくことのない魂そのものであり、神の命の輝きそのものであることに気づかせてくれるのです。
私たちは、生まれてすぐに恐怖に支配された二元論の世界構造に組み入れられるための訓練を受け始め、
この訓練は社会的と呼ばれる自我構造が確立されるまで、外から押し付けられます。そして、やがては一人一人が無意識の内に、
自分で自分に対して罠をかけ続けるように仕組まれています。多くの人はこの罠、牢獄の中にいて眠ってしまい、
ただ人生の出来事に反応して生きるようになり、個人の創造力を失います。

世界を自己選択により創造する力は、目覚めた意識、自分の思いと言葉と行いを、自分の選択で選び取る者にだけ与えられるものです。
この創造力を人間から奪うシステム、個人を真の自己から隔離する教育プロセスの恐ろしい結末は、現代社会の児童虐待や、人間同士がしばしば示す無慈悲さ、戦争、犯罪といった世界の混乱となって私たちの知るところとなっています。
バッチ博士はこの事を極めて明瞭に理解して「私たちに与えられたただ一つの義務は、自分の良心の命令に従うことであり、ほんの一瞬も他人の支配に屈しないということです。」と述べています。「何々でなければならない」「何々せねばならない」ではなく、「何々だからする」「しないではいられない」という自己選択による自由意志の行為だけが人間の魂を自由にします。そして自由な魂とはその本性を自在に表現し、愛し愛されることができるのです。

真実の自己(魂、ハイアーセルフ)の命令に従い、本当の自己選択によって生きるためには、私たちの精神と心を蝕んで、直感的な選択を不可能にしている「抑圧され、ゆがめられた感情」「内部に貯めこまれたエネルギーブロック」などを浄化することが必要です。レメディーはこれらの障害をおだやかに、その人その人に最適なスピードで取り除くことを可能にします。そのようにして、レメディーは私たちを内側からも外からも常に導いてくれる魂(ハイアーセルフ)ともう一度親しく交われるように助けてくれます。

この浄化のプロセスが、バッチフラワーの使用経験の中で、「タマネギの皮剥き」と呼ばれる過程です。
この過程が進んでゆくと、私たちは忘れていたコミュニケーションの道具を徐々に上手に使えるようになってゆきます。
その「道具」は、直感、イメージ、経験などですが、これらは言葉以上の「魂とのコミュニケーション手段」であり、分析的な思考が分離を促進するのとは対照的に、私たちの全人的な統合を促進し、私たちが創造的に生きるための道を示してくれます。
私たちは、生まれてこのかた、誰よりもまず、両親によって植え付けられてしまった「誤った義務感」と「恐怖」によって自己選択を失い、自己の直感にしたがって生きる習慣を見失い、聖なる魂との常なる交わりを失ってしまっています。

バッチフラワーレメディは、「自己選択」によるタマネギの皮剥きにより、「自己選択」そのものをよみがえらせ、同時に「直感」「感情による導き」「経験による理解」などの、「ハイアーセルフによるエンライトメント」が行われる状態を導く、極めて優れた療法です。

近年、インフォームドコンセントが盛んに言われていますが、患者さんが自らを癒す道は、インフォームドセルフチョイスしかありません。まさに「汝自身を癒せ」ということなのです。私は逗子でレメディーを使う町医者として、患者さんの自由選択をできるだけ尊重するように心がけ、その結末を観察してきました。-その観察の結論は、「いずみの会」の中山さんがおっしゃているとおりでした。
つまり、自分自身の決断で自分の命の責任を引き受けて(それまでの生き方を変えて)楽しく、自分らしく生きると決めた人は、癌になっても苦しむことはなく、しばしば癌も消えてゆくという事実。
「病気には生き方の変容をせまるという隠された目的がある」というのが私の観察の結論です。

人間の社会においても「癌」と呼ばれる人々がいます。他人に対して残酷に振舞い続ける人、
あるいは自分に対して残酷に見える生き方を選択して生きている人たちです。-自己の破壊と隣人の破壊は同時に生じています。
また時には、大人の世界を鏡のように映してしまう、子供たちの犯罪に驚いて、多くの人が他人事のように「厳重な処罰を望む」と口にします。しかし、身体におけるや排毒が、身体全体を守るために現われる自衛反応であり、自分の生き方を反映する鏡であることに照らして考えれば、怒りに満ちて隣人や自分自身を破壊する生き方を選んでいる人々(子供たちを含めて)が、実は社会が抑圧した恐怖、怒りを代弁しているに過ぎないという事実に気が付くのではないでしょうか。彼等は他人ではなく、私たち自身の影なのです。

そして肉体の病も社会の病も、最終的には私たちが真実の自己に目覚めたときだけ消えていくでしょう。自分自身が自分を照らして導く光になった時にだけ、私たちは隣人に対しても光となることができるでしょう。
レメディーは私たちを、私たちの中にあふれる光の本源へと連れ戻してくれます。自分自身で自分のために最善を尽くすこと。それだけが求められているのです。外面の状況とは関係なく、常に変わらずにある平和の源に、私たちはいつでも帰ることができます。
その喜びの回復を穏やかに助けてくれるものが、神の恵みによるバッチフラワーレメディなのです。

 

 

 

                                                ページのトップに戻る




2 『完成されたホメオパシーシステムとしてのバッチフラワー』
   第一部 『バッチフラワーレメディーとは』

 


バッチフラワーレメディーは、イギリスの医師であり、ロンドンホメオパシック病院の主席細菌学者でもあった、エドワードバッチ博士が、1936年に完成した野生の植物から作られた花のレメディー(治療薬)です。
博士は病理学者として腸内細菌(消化管の機能)と慢性疾患の関連を深く研究し、ホメオパシーの分野でも7つのバッチノゾと呼ばれる腸内細菌から用意されたワクチンを残しています。
博士はその人生の後半において、植物から作られたレメディーが、「人間の精神と感情をかき乱すネガティブな状態」に直接作用して、その影響を消し去る事に気づき、『すべての病気に有効で副作用なく作用する、完成された体系』として38種類のレメディーを残しました。
これが今日バッチフラワーレメディーとして知られる38種類の治癒物質です。

バッチフラワーレメディーは、個人の感情状態によって選ばれ、誰もが自分で自分のために、また家族のために使う事ができる優れた治療法です。
肉体に直接作用するものではなく、日本では「健康食品」に分類されていますが、その本来の働きを理解すれば、いかなる疾患に対しても有効であり、どんな治療方法とも併用できることが分ります。
このため、バッチフラワーレメディーは子供の病気から癌のターミナルケアに至まで、人生のあらゆる時期と困難に対して常に素晴らしい助けとなります。

現在の日本の医学では「対症療法(逆症療法)」と訳されている『アロパシー』が主流として用いられ、症状を打ち消す薬剤の使用が中心となっています。
しかし、病気の根本的な原因を見失った現代の医学は、技術的な発達状況とは逆に、医学としては混迷を深め、病のもつ本来の意味を見失って袋小路に陥ってしまっています。
このような時代において、『病気の真の意味』を見据えて作られたバッチフラワーレメディーは、現代医療の袋小路を打破し、未来の医療をこの世界にもたらす上で大きな力となり、道標になるものです。

11月20日の講演では、レメディーの安全で有効な使い方について、また具体的な臨床例についてもお話しさせて頂きます。次回の【未病.jpニュース】では、西洋医学の治療法全体を概観すると同時に、バッチ博士の言葉も引用して『病気の意味』について考え、これに対する治療方法として、食事療法とバッチフラワーレメディーがなぜ、いかに有効であり、安全なのかの概略を述べさせて頂く予定です。
                                        ページのトップに戻る



2 『完成されたホメオパシーシステムとしてのバッチフラワー』
   第二部 『各種の治療法と、疾患の真の原因』

 


ヒポクラテスの時代から『サイコセラピー』『ナチュロパシー』『ホメオパシー』『オステオパシー』『アロパシー』の5つの医療の流れがあり、それぞれが現代でも活用されています。
この分類に従えば、バッチフラワーレメディーは「ナチュロパシー」に分けられます。

「アロパシー=対症療法」以外の療法は要約すると以下のようなものです。
 
1)『サイコセラピー』は
「心理療法」と訳されており、心と体に影響を及ぼす精神心理的な要因に対して、言語・絵画・イメージ・造形・グループワークなどを用いて働きかけ、これを取り払って病気を治す試みです。
セラピーの種類により働きかけるレベルも異なりますが、適切なタイミングで用いれば、多くの疾患に対して予防的にも役立ち、回復を促進します。
2)『ナチュロパシー』:アロマテラピーやバッチフラワーレメディーなど、
主に感情領域に作用する自然成分によって自然治癒力を高めて回復をはかる治療法です。
私は、日々の食事こそナチュロパシーの基礎であると考えています。このレベルの治療方法は用いる事が容易で、同時に最も予防に役立ちます。
3)『ホメオパシー』:「同種療法」とも訳される治療法で、
ある症状と同類の症状を引き起こす物質を数千倍、数万倍、数億倍に希釈して患者さんに与える事で、自然な排泄と回復プロセスを促進する治療法です。ヴァイタルフォースの歪みを補正するとされます。
4)『オステオパシー』はいわゆる「整体」に似ていますが、
頭蓋骨や背骨の歪みを修正することで生体エネルギーの流れと肉体のリズムを修復して健康を回復する治療法です。
肉体機能の基礎になるレベルを強化すると推定されます。

西洋の医学の流れだけを概観しても、このようにさまざまな治療方法がある訳ですが、人間の存在様式、人間の構成要素の基本的パターンは、洋の東西を問わず同様です。
従って『疾患の発生プロセスと病気の意味』を理解できれば、表面的には千差万別に見える治療法も作用原理においては共通した基盤があると予測出来ます。これについての具体的説明を2つ挙げます。

20世紀初頭、「人間の構成と機能」をサトルアナトミーと呼ばれるレベルまで解き明かして『疾患と治癒の原理』を説明した、優れた見霊者がルドルフ=シュタイナーでした。
彼は疾患発生の原因を『アストラル体が、過剰にエーテル体に食い込んだ状態による』とシンプルに説明しました。

一方、バッチ博士は、「汝自身を癒せ」の中で、現代医学の失敗の主な原因を『疾患の原因ではなく結果にばかり目を向けて来た』点にあると指摘し、現代医学の状況を
  『この状況はまるで、国中でゲリラ的逃走が継続して行われ、
  敵が丘の上で強力に要塞を固めているのに、
  人々がその要塞を無視し、
  襲撃によって壊れた家を直したり
  死者を葬ったりすることに満足しているようなものです。』
と説明しました。
その上で、疾患の真の原因に関しては
  『病気の根源にあるものは、物質ではない…中略 …
  病気として私たちが捉えているのは、
  身体の中に生じた変化の最終的な現れであり、
  深い部分で作用していた力の結果です。
  … 病気は、本質的には魂と意志が争った結果です』
と述べています。

ルドルフ=シュタイナーとバッチ博士が述べた、これら2つの原因説明は、異なる文脈の中で、まったく異なった言葉で述べられていますが、その指し示す内容は事実に照らして考察すれば全く同じ事であると理解できます。

シュタイナーが「アストラル体が、エーテル体に深く食い込んでしまった状態」と呼び、
バッチ博士が「魂と意志が争った」状態と表現した状況を、食養生とフラワーレメディーは、『穏やかに』、『自然なかたちで』、『より原因的レベルで』解決する手助けをしてくれます。
症状の変化の迅速さという点だけを見れば、西洋薬による逆症療法や中医学的調整治療がもっとも分りやすく、ホメオパシーも、フラワーレメディーや食養生より迅速な効果を示すでしょう。
けれども『予防医学的に誰もが実行できる、安全なセルフヘルプ』としては、フラワーレメディーと食養生に勝るものは無いでしょう。

11月20日の講演では「サトルアナトミーと疾患発生の関係」や、バッチフラワーと食養生が、なぜそれほど『ナチュラルかつ安全』なのか、分りやすくお話しさせて頂きます。
次回の【未病.jpニュース】では、『自分の感情や、自覚された性質』を指標にして選ぶバッチフラワーレメディーが、ホメオパシーとどのような共通性を持っているのか、またホメオパシーの安全使用に関してどんな示唆を与え得るのか、を述べさせて頂く予定です。
                                        ページのトップに戻る



2 『完成されたホメオパシーシステムとしてのバッチフラワー』
   第三部 『完成されたセルフヘルプとしてのバッチフラワーレメディー』

 


私は今回の三部構成のコラムのタイトルを、当初は『完成されたホメオパシーシステムとしてのバッチフラワーレメディー』として書き始めましたが、このタイトルは『完成されたセルフヘルプとしてのバッチフラワーレメディー』としたほうが良いでしょう。

バッチフラワーレメディーとホメオパシーは、ともに自然物をレメディーの原材料として用いており、またそのレメディーは物質としての分析では、何の成分も含んでいない「水」のようなものである点が共通しています。そしてこれら2つの治療法は、どちらも疾患の原因となる、人間の感情と精神のレベルに対して働きかける治療法でもあります。

一方、両者を比較して大きく異なる点は、ホメオパシーが体の症状も目安にしてレメディーを選択するのに対し、バッチフラワーレメディーでは、感情状態だけを目安にして、身体症状をレメディー選択の目安にしない点です。
この違いが、バッチフラワーレメディーをして『セルフヘルプのシステム』たることを可能にしています。
自分の感情状態なら、自己省察の訓練を少し積めば、血液検査や血圧測定をしなくても誰でも自覚することが可能だからです。

具体的に考えてみましょう。たとえば『発熱症状』を生じる疾患、というだけでは数百の疾患が可能性のある原因リストにあがります。
その一方、『症状』を生じる原因に関して言えば、たとえば『下痢』については「腐敗した食物」が原因で生じる下痢もあれば、「極度の精神的ストレス」が原因で生じる下痢もあり、同じ『症状』が生じていても、その原因が全く異なることはしばしば見受けられます。
このような事情が「感情状態」と「精神状態」だけでなく、『身体症状』をも配慮してレメディーを選択するホメオパシーに、深さと難しさを加えています。

私は医者としての臨床経験から『治癒と回復の原則』を『疾患即治癒』である排泄のプロセスとして、また『疾患形成のプロセス』を『非自己との誤った同一化=自己矛盾の形成』として理解しています。

バッチフラワーレメディーは『精神と感情の状態』に焦点をあわせて選択され、そのレベルにおける「自己像の矛盾」である「非自己(ネガティブな感情状態)との同一化」を解消し、体の病気が発生する前にその原因を解消する働きを示します。
また、すでに生じた疾患についてはこの作用により、治癒回復を穏やかに促します。
これに対して、ホメオパシーでは、レメディーの『適切かつ最善の選択』がなされない場合、身体症状にまで具象化したエネルギーのすべてを存在の微細レベルに戻すことや中和することができないために、かえって複雑な症状を引き起こしてしまう可能性が出現します。

『安全なセルフヘルプシステムとしてのバッチフラワーレメディー』を適切に理解した時に、ホメオパシーの副作用を減らして、これをセルフヘルプシステムに近づけるための示唆を得ることが出来ます。

具体的には以下のような事柄が考えられるでしょう。
1)「身体症状」をレメディー選択の指標にする場合も「感情状態」を指標にする場合も、必ず『患者さん自身が自己の問題として自覚した部分だけ』を指標にするように心がけ、患者さん自身の回復のペースを尊重する。(自覚によるタマネギの皮むき)

2)身体の症状(痛み、発赤、発熱など)に指標を定めるなら、あくまで身体症状を中心的な指標にする。
もしも感情状態、精神状態を指標にするなら、やはりこのレベルを中心的な指標にし、身体症状と感情状態の両方を無自覚に同じレベルの指標にしない。(対象レベルの意識化により、自己認識がより明瞭になり、 回復反応の引き金を自分でひくことが可能になる。)

3)バッチフラワーレメディーのように、穏やかな回復をはかろうとする場合には、ホメオパシーのレメディー選択においても原則的に『自覚された感情状態や性格』だけをレメディー選択の指標として用いる。
(これにより身体症状はそのままとされ、排泄反応を生じている体の知恵が阻害されない。また、回復のスピードも患者さんの許容範囲にとどまる。)

いかなる疾患も、これを「排泄浄化のプロセス」として理解するなら、症候を無理に変化させたり、表面の問題を解決しない状態のまま、深いレベルの問題を引きずり出したりしてはいけないと推察出来ます。
自然で確実な回復のプロセスは常に『症候の自覚』からはじまり、『感情的レベルと肉体的レベルの回復が、自覚的な変化に従う』形で生じます。バッチフラワーレメディーが直接感情に働きかける場合でも、このレメディーを自分のために用いるという意識的な選択が第一にあるのです。
そして、感情レベルでのエネルギーの混乱が消失するに従い、その混乱の物質的な結実であった身体疾患も回復します。
この「自覚」と「回復の順序」はとても大切です。
ホメオパシーにおいても、このプロセスを維持する方向でレメディーが選択されるべきであると私は考えます。
つまり『セルフチョイスとセルフプロセスの尊重』です。

バッチフラワーレメディーは、感情状態だけを指標にして選ばれ、用いられます。一般の医療機関を受診する人に対しては、身体症状に対してほとんど注意を向けないバッチフラワーレメディーの方法は理解しがたく、取りかかりにくいものかもしれません。
これに対してホメオパシーは、身体症状をも指標としながら、より深いレベルに作用が及ぶという利点があります。
そして、身体症状に悩む人は、それを意識していない場合でも、ほとんどが精神感情のレベルに何らかの問題を抱えています。
これからの医療の現場では、ホメオパシーとバッチフラワーレメディーが両方の長所を生かしながら助け合ってゆくシステムが構築可能になるでしょう。

人間が病を得る最初の一歩は、自分らしさの喪失、統一的な自己の喪失、にあります。
無意識に自分本来のありかたと矛盾する考えを受け入れる事、自分の肉体に相応しくない食事を摂り続ける事。
親や教師に押し付けられた「偽りの義務感」などにより、自分に対して不正直な行動をとり、自分の中に相矛盾する欲求を保つ事。
これらすべてが自己の統一性を破壊し、私たちが個人として統一され、ひいては自然と他者と調和協調して生きる、
その可能性を失わせます。
私たちは、大自然の一部として、また人間らしい創造的な存在として生きる事で、はじめて健康になり、喜びにあふれたあり方を経験出来ます。
そして人間らしさの本質は、常に自分らしくあり、『自己選択によって目覚めて生きる事』にあります。

『自己選択によって目覚めて生きる事』の基本が『何をどのように食べるか』を意識する事によって養われます。
天地と調和した存在、「すべての生命によって支えられつつ、 同時にすべての命を活かす存在として生きる」という理想が、正しい食事の心がけから始まります。
「目覚めていようとする心」「自分にも、他の生命にも優しくありたいと願う心」をバッチフラワーレメディーは助けてくれます。
過去の「間違った想いと食事に由来する症状」をホメオパシーは消し去ってくれます。
食事を正しく整え、想いを正し、バッチフラワーレメディーとホメオパシーの助けを借りる時、私たちは「知情意」を御して『本来の自己』に従いゆくことが出来るでしょう。

 

 

 

                                                ページのトップに戻る




3  『体は間違わない』-バッチフラワーを通して知った命の流れを味方にする生き方-
                         
2005.7.9未病.jp 真健康交流会講演要約

 

 

  人間は宇宙と地球の間で、言わば天と地の間でその両方の世界からの影響力を
  バランスすることで、はじめて本来の人間らしさを生きる事が出来ます。
  私たちは地球的な力と宇宙的な力のバランスの中で生まれ、生き、
  生かされている存在です。
  人が人と人の間にあって、お互いに支えあい、助け合って生きている存在であり、
  それゆえに人間と呼ばれるのと同じように、
  人間の存在もまた鉱物の世界、植物の世界、動物の世界、そして眼に見えない精神的、
  霊的な世界との相互的交流と助け合いによって
  支えられています。「人は恵みの内に生きており、すべての生命とともに生かされている
  存在である」という認識が、私たちの健康を考える時にも必須の視点になります。
  人間の不完全な悟性によって理解出来た事をすべてとして世界に押し付けるのではなく、
  逆に自然の中に見いだされる叡智と摂理を、個人の生活と個人と世界の関わりに
  適応しながら、その摂理に従って生活すれば、私たちは他の多くの動物や、
  幼い子供たちと同じように、いつも健康でいきいきと生きて、時がくれば眠るように
  死ぬことも出来ます。
  バッチフラワーレメディー(バッチ博士の花療法)を患者さんの治療に活用しつづけ、
  その効果がどのようにしたら最大限に引き出されるかを考えるうちに、
  私は自然療法としてのレメディーが教えてくれる世界と人間との調和に気がつきました。
  私たちが自分自身の内側にある不調和に気がつき、それを克服する過程で、
  どのような生き方、食べ方、生活の仕方が、私たちを宇宙との調和に導いてくれるのかを
  今回は具体的にご説明してゆきたいと思います。

 

 

 

                                               ページのトップに戻る




4 「感情を昇華させるバッチフラワーレメディー」
  
           
2005年7月9日、竹橋のクシガーデンで開催された未病jp主催の講演会の講演概要

 

 



『私の理解は、1年と半年程のアントロポゾフィーにおける探求を経て、私が医者として何よりも大切にしているバッチフラワーレメディーの神秘的なプロセスを、ある程度他の人に説明出来るところまで深まりました。そしてこの理解に至る過程で、『同じ〈アントロポゾフィーで言われる3つの原理〉の理解』が、私に世界と人間の関係をより広い視野から理解出来るように導きました。私が『命の流れを味方にする生き方』と呼ぶ、その「命の流れ」が過去とは異なった視点から見えたと言う事です。

人間の存在は自然界全体の中で、本来はあたかも自動車のエンジンのスパークプラグのような役目を担っていると推定されます。信じられない程の大きな役割ですが、人間の存在というのは、その本来の働きにおいては、それほど偉大でさえあり得るものです。

新約聖書の中に『万物が天国の栄光に浴したいと、救いを(あなた達の回復を)待ち望んでいます』という言葉があります。この言葉は、私たちが言わば神の子としての人間らしい生き方を回復した時に達成される未来の調和ある世界を示唆しています。

Foodは風土と言われ、また身土不二(しんどふじ)とも言われます。この言葉の意味を私はホメオパシーを理解した時に同時に理解しました。つまり個人が生活する地域の大地が生えさせた植物というものは、その地域の土に集約される言わば物質的なるものが、光と水によってプロセスされて花開こうとする「プロセスのデータ」そのものだと言う事を理解したのです。このプロセスは、土が含む鉱物的なるものが、水とともに大気中に引き上げられ、最終的には、火であり、熱である花となって開花する、昇華のプロセスです。少し異なった表現をすれば、前の季節に大地に蓄えられた毒が、光と水によって、植物プロセスという形で大地から排泄されていると理解できるのです。

そして、私たちの肉体は、大地がそうであるように、それこそ季節の温度変化を含む風土の影響下に形成されており、思考パターンを含む身体機能は土地の影響を強く受けています。その私たちが季節の、旬の野菜を食べる事は、それらの植物が内部に含んでいる毒素排泄を促進するプロセスを吸収するということなのです。

れが季節の野菜が健康に良い、つまり肉体と精神を清浄に保つのに一番適している理由だと推定されます。

地場の野菜を食べる事と、バッチフラワーレメディーを服用する事とは、ホメオパシーの観点からは希釈度とポテンシーが異なるとはいえ、同じような学習プロセスなのです。この件については、昨年の未病jpでお話しした事を理解して頂く事が参考になります。

(昨年、私が不完全な言葉「中和」という言葉で示唆した内容は、これまでの探求から、やはり「成仏」あるいは「昇華」という言葉がより適切だと解りました。)

私たちの潜在意識の神経であり、頭脳である自律神経は、非常に複雑で高度の機能を有しており、私たち自身には意識されないまま、体内に取り込まれた「食物が有する情報」をプロセスしています。極めて迅速かつ適切に取り込まれた食べ物の種類と内容を認識し、その内容に相応しい消化酵素や神経伝達物質を分泌して、食物を分解し、人間にとって害のない形に食物を変化させ、消化させて、人間以外の生き物の情報とエネルギーを自分自身を駆動するために取り込みます。その際、私たちは確かに物を食べているのではなく、作り手の愛情も含めた情報、あるいは霊的なエネルギーを食べており、それらと一つになるのです。そして、バッチフラワーレメディーもまたこれと同様なプロセスによって認識され、人間存在の内部に滞り、葛藤している矛盾したエネルギーに、いわば天国への帰り道を教えるのです。これがレメディーによる浄化であり、昇華です。

人間システムでは、植物の根に相当する頭部から、1)思考という自覚され得る栄養素と、2)食べ物と呼ばれ消化管によってプロセスされる自覚されない情報、エネルギーが吸収され、3)それら2つのエネルギーが個性の(自我の)光のもとで相互作用をおこなった結果として、感情が生まれ、行動が結実します。

感情というものは、言わば思考と食べ物の錬金術から生まれた生き物のようなものであり、しばしば私たちの行動の隠れた動機になってしまっていますが、私たちは、本来的には存在者であり、神性の輝きそのものであって、思考でもなければ、感情でもなく、また行動でも意志でもありません。そして、望むらくは、感情に人生の主導権をまかせるのではなく、むしろ神的な光によって、感情を昇華させ、その高められた力をもって、一人一人が自分らしく、人間に相応しい行為を選びとれる者でありたいのです。

私たち一人一人の個性は、異なった大きさのプリズムレンズのようなもので、さらにある人の光源は大きく、他の人はやや小さい光源をもっています。(私たちの本性は、正確にはレンズではなく光源のほうにあります。)そして、たとえレンズが大きくとも表面にレンズを曇らせる(葛藤という名前の)厚い汚れが付着していれば、そのレンズを透過して描かれる虹は歪み、焦点が不明瞭ものに変化してしまうでしょう。また、そのレンズを使って虹を投影しようとしている壁に対して、プリズムと光源の角度が適正でなければ、虹全体が歪む事も明らかです。私たちの本来の役割が、それぞれの個性に相応しい場所で、この世界に美しい虹を描き出す事だとするなら、レンズを曇らせる汚れと、レンズのあるべき場所からそのレンズを移動させてしまう、あるいは傾けてしまう間違った定位を避けなければなりません。
そのために必要な事が、バッチ博士が繰り返して語った、これらの言葉です。
→(バッチ博士の言葉 http://homepage.mac.com/makio_ishikawa/HealThyself.htm を引用。)

 

「私たちは、自分自身の魂の命令にだけ従い、
  環境や他人に左右されないように個性を伸ばしていき、
  世俗的な束縛から自分を自由にしなければなりません。」

 「どんな時も、舵を他人の手に委ねてはいけません。
  自分の行うことすべてが、すべての行為が、いやそれどころか、
  考えの一つ一つが、自分自身から発せられ、それによって、
  自発的に、全く自発的に生き、人を助けられるように、
  絶対的で完全な自由を得なければなりません。」

 「私たちに与えられたただ一つの義務は、
  自分の良心の命令に従うことであり、
  ほんの一瞬も他人の支配に屈しないということです。」
  Dr. Edward Bach - Heal Thyself(汝自身を癒せ)より

 「もう一つ大事なことがあります。それは恐れを全て捨て去ることです。
  私たちの中に神性が存在し、その故に神性は私たち自身であり、
  征服しがたく不滅なので、本来人間の世界には恐れなど存在しません。
  私たちが神の子として、それを理解できるなら、
  何も恐れるものなど存在しないのです。」
   Dr. Edward Bach - Heal Thyself(汝自身を癒せ)より



これらの言葉に従おうと意志する事が第一に必要です。

そして、自分の内側に生じる、「高慢、冷酷、憎悪、自己愛、無知、不安定、支配欲」などの性格の欠点を克服するためには、バッチ博士が語ったように、その欠点を打ち破る徳、「畏敬の感情と謙虚さ、優しさ、愛、献身、経験と学習への意欲、決断力、他者の自由を尊重する態度」などを懸命に育てる事が重要です。

さらに、自分で自分をコントロール出来ないという、誰にでも生じる現象を避ける工夫をすることも、私の経験からは、良い成果を達成するために大変有効です。その工夫というのは、知情意の3つのレベルで浄化を行う条件を整える事です。これが、講演会のお知らせの中で言及した、レメディーの効果を最大限に引き出す工夫になります。

具体的には、
1)知性(悟性)のレベルにおいては、無自覚に情報だけをもとめない、情報の暴飲暴食を避けるということと、獲得された情報を処理するために、一人になる時間、あるいは頭を使わないゆっくりした時間を持つという事。その静けさの中に『自己』の光、あるいは聖霊の導きが加わる時、人は内側から生じる確信を得ます。

2)情のレベルにおいては、自分が本当に楽しいと感じられる事に積極的に取り組むようにして、喜びを経験するようにするということ、感情を表現する事を恐れないということ、たとえば、穴口恵子さんというスピリチュアルカウンセリングを行う人は、
・わき上がる感情を感じることを自分に許す
・その感情を自分のもととして受け入れて、その感情を味わい尽くす 
 ための時間と余地を与える。
・自分の感情から逃れるために環境や他者に責任転嫁をしない。
・自分を見ている自分を意識し、感じる。(目覚めている)
などを具体的に指導しているということですが、
これらの態度は、「カウンセリングマインドをもって自分の感情に向き合う」という事を示します。つまり、無批判、共感、目覚めている(自己一致)の3要素を保った状態です。

3)意志のレベル、あるいは肉体のレベルでは、食べ過ぎない、良く噛む習慣を身につける、そして十分動く(歩く)という事です。
(詳細については口頭で説明)私としては、すでに述べたさまざまな理由から、穀物と野菜を中心とした伝統食が一番良いだろうと感じています。(フードマイレージの話しも含めてお話しします。)』

 

 

 

                                                ページのトップに戻る




5:  『奇跡の花療法、バッチフラワーレメディー』
                
「幸せ暦」掲載予定 バッチフラワーについての紹介文 2005年06月

 

 

私たちは、胎児期には、祖先からの遺伝的影響を受け、また太陽としての父親と、月としての母親の力を受けながら、肉体の形成プロセスに関与し、誕生の後には口から入る食物と、五感を含む感覚器官からの入出力によって周囲との相互作用を営み、肉体と心を養い育てます。このような経過の後、平均的には、出生からおよそ7年から9年の時を経て、人は自分の内部に自我意識を自覚するようになり、この時期にようやく本当の意味で『肉体と魂と霊』を備えた『個性』として自覚的な生活を開始します。自我意識の芽生え以後、もしも人が自覚的な思考、本当の自発的な自由意志と自由な思惟を用いることが出来るなら、それ以前の時期とは異なり、自らの力で自分の中に陰陽のバランスを生み出す事さえ可能になります。しかし、この年齢以後、人生で繰り返し現れる成長の転換期である7年期を3回、4回と経過しても、多くの人間の中で、『霊的自覚』はまどろみの中にとどまり、人は35歳を過ぎてようやく、自らの霊性を目覚めさせ、発展させる端緒につくに過ぎない場合が多いのです。

以上の概念は、1925年に没したドイツの偉大な霊学者であるルドルフシュタイナーが「教育の基礎としての霊学」などの著作や講演の中で述べている事柄です。私は一臨床医として、この16年間のほとんどの時間を、人生の後半期にあたる42歳以上の方々の人生を見させて頂く事と、その方々の病苦と死に同伴することで過ごさせて頂きました。そして、人が病を得て苦しむ事、老いて立ち去る事を見つめながら、そのプロセスが正にシュタイナーが述べた『自己霊化』と呼ばれるプロセスなのだと理解しました。人は自分の病気を多くの場合「災厄」「災難」として理解しますが、すべての人生経験は、その苦・楽を問わず人を本来の調和と永遠性の中に引き戻そうとする、いわばホメオスタシスの現れです。これは、現代の心理学であるトランスパーソナル心理学の論理家ケンウイルバーがアートマンプロジェクトと呼んだプロセスでもあります。ところが、現代医学は、肉眼だけを頼りにし続けた結果として、病と死がもたらすこの本来の力を見失っています。

病と死は、言わば『闇』ではなく、むしろその中からこそ永遠性への光が輝きだす普遍的な恵みであるという事が真実なのです。

ルドルフシュタイナーは、〈医師のための瞑想〉と題された瞑想のための箴言の中で、「深みにある父なる者は、カルマの均衡をとるために病をもたらす。医学の道は、高みにある精神(Geist)のもとに私たちを導き、この精神(Geist)は自由を獲得させるために魂をあやまちに至らせる。」と述べています。この言葉の中に現代の医学が遥かに望むべき未来の医療の認識がこめられています。

ここまで述べた事は、私が日々医者として仕事をしながら、私自身の経験から学び、真実であると確認した事実を、ルドルフシュタイナーという、20世紀初頭の『認識と論述の天才』の言葉を借りて述べたものです。

以下に述べる事は、このような一見哲学的と思われる認識を、日ごとの医者としての暮らしの中で、いかに現実的なものとして実践するかという、試行錯誤の中から獲得した現段階でのご報告であり、同時にバッチフラワーレメディーという奇跡的な治癒物質についての説明とご紹介です。

医者として5年目を迎えた時から、私はターミナルケアを自分の仕事の中心に据えました。それというのも、ターミナルケアの中には、現代の医学が直面している課題のすべてが凝縮して現れており、良きターミナルケアを行う努力をすると言う事は、そのままで、全ての医療場面に応用可能な認識と経験を深める事になると判断したからです。私は当時、日本で7番目のホスピスとして認可されたばかりの病棟を持った、埼玉県上尾市の上尾甦生病院に内科医として勤務し、当時のホスピス病棟長谷荘吉先生のもとで、およそ2年間ターミナルケアを学びながら、当時の自分になし得る最大の努力と熱意を傾けてホスピスケアにあたりました。そして、一度は挫折しました。言わば、燃え尽きたのですが、燃え尽きるのも当たり前でした。なぜなら当時の私は、まだ旅立つ人が残してくれる『命の響き』を聞き取る事が出来ていなかったのです。『命の響き』を聞き取るために必要な魂の純化がまだ行われていなかったのです。その後、私は個人的な苦しみの経験の中で純化され、当時英国から日本に伝わったばかりだったバッチフラワーレメディーに出会いました。そして、この神様の恵みとしか呼びようのない、『花の治療薬』の大きな力によって、深く苦しい挫折から立ち上がって、現在の視点を得る事が出来たのです。

私が医者として、人間として、この人生で出会った最大の恵みがバッチフラワーレメディーです。私の日々の診療は、現在ではこのレメディーによって霊感を与えられたものとなり、日々患者さんの回復の喜びを目の当りにすることが出来ています。

バッチフラワーレメディーは、イギリスの医師であり、ロンドンホメオパシー病院の主席細菌学者でもあった、エドワードバッチ博士が、1936年に完成した野生の植物から作られた花の治療薬です。
博士は病理学者として腸内細菌(消化管の機能)と慢性疾患の関連を深く研究した時期に、慢性疾患の原因になる7つの性格傾向を分析し、その結果からそれぞれの性格気質に対して有効に働く、7つのバッチノゾと呼ばれる腸内細菌から用意されたワクチンを作りあげました。博士は研究の結果から、腸内細菌のバランスと性格気質に相関関係があることを見いだしたのです。
博士はその後の研究から、簡単な方法で植物から作られた治療薬が、
『人間の精神と感情をかき乱すネガティブな状態に直接作用して、その影響を消し去り、さらにその感情状態のポジティブな面を引き出す事が出来る』という事に気づき、『すべての病気に有効で副作用なく作用する、完成された体系』として38種類のレメディーを残しました。これが今日バッチフラワーレメディーとして知られる38種類の治療薬です。

バッチフラワーレメディーは、個人の感情状態によって選ばれ、誰もが自分で自分のために、また家族のために使う事ができる優れた治療方法です。レメディーと呼ばれる治療薬は、肉体に直接作用するものでなく副作用もないため、日本では「健康食品」に分類されていますが、その本来の働きを正しく理解すれば、全ての疾患とすべての否定的な感情に対して有効であり、同時にあらゆる治療法と併用することができる優れた治療方法です。バッチフラワーレメディーは子供の病気から癌のターミナルケアに至まで、人生のあらゆる時期と困難に対して素晴らしい助けとなります。
 
現在の日本では病気の治療と言えば「対症療法薬」ばかりが用いられ、症状を抑圧する方法が中心となっています。けれども、病気の根本的な原因は『精神と感情のレベル』=『魂のレベル』における陰陽のバランスの乱れにあります。このため、この原因となるレベルでの問題、エネルギーの流れの滞りと偏りが解決されなければ、どんなに強力な対症療法薬で症状をおさえる事が出来ても、真の回復には至りません。

バッチ博士は、著書「汝自身を癒せ」の中で現代医学の失敗の主な原因を『疾患の原因ではなく結果にばかり目を向けて来た』点にあると指摘し、現代医学の状況を『まるで、国中でゲリラ的逃走が継続して行われ、敵が丘の上で強力に要塞を固めているのに、人々がその要塞を無視し、襲撃によって壊れた家を直したり死者を葬ったりすることに満足しているようなものです。』と説明しました。その上で、疾患の真の原因に関しては『病気の根源にあるものは、物質ではない…中略 … 病気として私たちが捉えているのは、身体の中に生じた変化の最終的な現れであり、深い部分で作用していた力の結果です。… 病気は、本質的には魂(シュタイナーがいうGeist)と(個人的な)意志が争った結果です』と述べています。

フラワーレメディーは、一切の副作用なく、『穏やかに、自然に、そして原因的レベルで』病気を癒します。そればかりか、この治癒物質は個人の『霊化』と呼ばれるプロセスを確実に支えてくれます。人間がこれから数千年かけて歩むであろう、霊的、精神的な進化の道を、個人の「病気の体験」の中で現実のものとして垣間見させてくれる治療薬、それが奇跡の花療法『バッチフラワーレメディー』なのです。

 

 

 

                                                ページのトップに戻る




6  第4回バッチフラワー・コンファレンスでの講演要約         2005.8.20

 

 

『バッチフラワーレメディーは、補完医療の一部、あるいは自然療法に属する代替療法に分類されることが多く、それ単独では西洋医学的診断や治療の変わりになるものではありません。しかし、私はバッチフラワーを日々の臨床で使い続けたこの9年の経験から、この奇跡の治癒物質が肉体の病の回復を助け、しばしば難治性とされている病気を癒す事を目の当りにしました。
また「レメディーの使用」と平行して「食べかたの指導」と「歩行を中心とした運動の指導」を行うことで、対症療法薬を大幅に削減しながら、各種の疾患を治癒に導くことにも成功しました。

実際に回復がみられた疾患・症状とレメディーにより使用頻度が減った薬としては、「急性疼痛ならびに慢性疼痛に対するステロイドを含む消炎鎮痛剤」、「各種皮膚炎、蕁麻疹、湿疹などとそれに対する皮膚科外用剤」、「生活習慣病とそれに対する薬剤」、「糖尿病とインスリン注射剤」、「高血圧、不整脈とそれにたいする降圧剤や抗不整脈薬」、「喘息発作とその治療薬」、「各種アレルギーとそれに対する抗アレルギー薬」、「ストレス性潰瘍と抗潰瘍薬」、「いくつかの癌とそれにたいする抗癌剤や経口ならびに皮下注射のモルヒネ」、「うつ病、パニック障害とそれに対する抗精神病薬」、「リウマチを含む自己免疫疾患とその治療薬」などがあり、バッチフラワーレメディーの有効適応範囲は内科、小児科、心療内科を超え、外科手術適応疾患を除く全科領域に及ぶと推定されます。

実際の日常診療で、これらの目覚ましい有効性を見るにつけ、私はエドワードバッチ博士が「この療法はこれまで人類に授けられた中で、最も完全なものです。」と断言したこのシステムが、なぜ完全なのか、なぜこれほど迅速に自然で強力な回復を引き出すのかを問わずにはおられませんでした。その探求から得た現時点での考察と、その考察を裏付ける治療経験として、今回は特に慢性疼痛症とパニック障害、うつ病などの治療経験を具体的に述べさせて頂きます。』